美々津の歴史



宮崎県日向市美々津町は、日向灘に面し、耳川の河口にある古い町並みの残る静かな町。神武天皇お船出の地として有名で、日本海軍発祥の地とされています。

神武天皇は高千穂を出て美々津に滞在され、天候の良い日を伺いながら、大和へ向かう準備をしていたそうです。 お舟出は、旧暦の8月1日と決め、里人達は天皇にだんごを差し上げる等の用意をされていました。ところが風の都合で、 夜半になって暁の舟出と変更され、里人達はお見送りやおとものため各戸の板戸をたたき、「おきよ」「おきよ」と寝ている人々を起して廻ったということです。

現在この美々津のお土産は「お船出だんご」、そして伝統行事は、旧暦8月1日の「おきよ祭り」です。

美々津が大きく発展したのは、江戸から幕末にかけて大阪方面への積み出し港として栄えた時で、 「美々津千軒」と言われたほどで、廻船業者が隆盛を誇り、廃藩置県後、一時は県庁が置かれていました。

美々津の町並みは、海に沿って平行に走る3本の通りがあり、海側から下町、中町、上町とに分けられます。 上町は、渡舟上と町をつなぐメインの通りで、美々津の商人達が九州の林産物を千石舟で大阪地方に運び、帰路は、関西の特産物や美術工芸品を持ち帰ったそうです。

町並み保存は今も盛んに進められており、町を散策すると幾つかの改築中の家が見られます。 これらの旧家は、虫籠窓や京格子をはじめ、通り庭風の土間に代表されるように京都や大阪の町家造りを取り入れたものとして注目されています。

現代の家とは違い、大きな木材で張られた天井や柱は、傷んでいる箇所のみ修復される形で残されていきます。 壁には土を張り直し、漆喰を塗り直す。土壁の土が乾くのを待つため工事は一時中断され、その土壁は、夏には暑さを、冬には寒さを和らげると言われます。

長い年月が経つとその土壁は、乾燥している日には、天井の隙間から落ちてくるようになる。 所々に落ちている土は、住民にとっては厄介なものではあるが、その家が生きている証であるように思われ、 愛おしくもあるのです。雨の日には、土間や畳は無論のこと、家中が湿気を帯びていて、長い年月をかけて真っ黒になって天井はさらに黒く光って見える。

美々津の町並み保存地区のほとんどの家は築100年以上と言われているが長年住める家だからこそ、 祖先や前の住人の痕跡、家をどのように活用していたのか見てとれる。古い日本家屋に暮らすことで、私達は自然と一体化しながら、時の流れを感じることができます。